昨日は東京へ遠征し、ゆゆめろさんの撮影会に参加してきました。
あいにくの曇り空でしたが、幸いにも撮影中は小雨が止み、学校の屋上でシャッターを切ることができました。
学校の屋上という非日常的なロケーションは、それだけで特別な雰囲気がありますね。これで青空が見えていればさらに最高でしたが、それでも十分に満足のいく一枚が撮れました。
今回の撮影では、70-200mmの「望遠ズームレンズ」を使用しました。
遠くのものを大きく写せるレンズですが、ある程度の広さがあれば、これ一本で十分に回せます。
最近はこのズームレンズの便利さに改めて気づかされています。
そうなると、より広い範囲が撮れる24-70mmの「標準ズームレンズ」も気になってくるところです。しかし、人物撮影で一番広い24mmを使う機会はあまり多くありません。手元には35mmと50mmの「単焦点レンズ(ズームできない代わりに画質が良いレンズ)」が残っているので、新しく買っても使いこなせるか、少し思案しています。
📚 破天荒な詩仙 李白
往復の新幹線では、本を読んで過ごしました。今回は、中国の唐の時代に活躍した二人の詩人、李白(りはく)と杜甫(とほ)の伝記です。
まずは李白の半生を読み進めたのですが、これが非常に興味深い内容でした。
現代では「詩の仙人(詩仙)」と崇められている李白ですが、生前は世間からあまり評価されていなかったようです。
口が悪く、野心はあるものの実力が伴わない。まるで現代のSNSで見かける「口だけで終わってしまう人」のような生活を、亡くなるまで続けていたそうです。しかし、彼が残した詩は死後に大ヒットし、千年以上経った今でも語り継がれています。まるで、死後に評価が高まった画家・ピカソのようだと感じました。
⚖️ 対照的な二人と、歴史の裏側にあるもの
一方で、もう一人の詩人である杜甫は、自分の生活が苦しくても他人のために動けるような、まるで「聖人」のような人物として描かれています。この二人のコントラストがとても面白いのです。
彼らが生きた時代には、国を揺るがす大きな内乱(安史の乱)が起きました。
この時代を象徴する人物といえば、世界三大美女の一人である「楊貴妃(ようきき)」が有名です。歴史の教科書などでは、彼女の美しさが皇帝を狂わせ、国を滅ぼした「悪女」のように言われることもあります。
しかし、この本の中で「女性一人の力で国が傾くわけがないのである。これは古くから失敗した権力者が、責任を一人に押し付けるための常套手段であり、そのプロバガンダが後世まで伝わっている結果である」という趣旨の指摘があり、深く納得させられました。
中国の歴史には論語や老子など綺麗な理想が数多く残されています。しかしそれは、現実の醜い権力争いや政治の腐敗があったからこそ、その対比として生み出されたものなのかもしれません。絶望的な現実があるからこそ、人は理想を歌い、素晴らしい作品を残すのだと考えさせられました。
ほなまた!