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ともくーーんのセーブデータ

とあるご主人様の記録の書。Notionで作成してます。 https://tomo-notion-blog.pages.dev/

文脈が失われているこの世界へ

📱 歌詞に込める「意味」の正体

最近、SNSである投稿への反応を見ていて、いろいろと考えさせられました。

内容は、「私って超かわいい」といった自己肯定感の強いストレートな歌詞が流行る中で、秋元康氏が書いた「若さとは過ぎていく季節に気づかぬこと」というフレーズの凄さを称賛するものです。

ここで面白いのは、人によって「歌詞の意味」の捉え方が全く違うこと。

直接的なメッセージを好む層と、比喩や隠喩(メタファー)の中に美しさを見出す層。この二つの間で、言葉の定義そのものがズレているように感じました。

⏳ 「若さ」と「老い」の意外な共通点

個人的にハッとしたのは、「若さとは過ぎゆく季節に気づかないこと」というフレーズへの考察です。

確かに、何かに夢中な若者は季節の変化に無頓着かもしれません。しかし、実はおじさんになってからの「老い」もまた、過ぎ去る季節に気づかないものですよね。年を取るほど時間の流れが加速して、気づけば季節が通り過ぎている……。同じ「気づかない」でも、若さと老いではその中身が違う。そんな風に言葉の裏側を深掘りするのは、やはり面白い作業です。

🗯️ SNS特有の「言葉の受け取り方」

その投稿に対する反論の多くは、「他を下げるな」「ルッキズム全盛のこの時代に自分を盛り上げる歌詞として意味はある」という、やや否定的なものでした。

投稿の前後にある文脈を読み飛ばして、自分たちの好きなものを否定されたと感じてしまう。こうした反応の早さは、今のSNS環境ならではかもしれません。


「私、超かわいい」という歌詞に意味がないのではなく、それは「記号」としての意味。対して秋元氏の歌詞は、短歌や俳句のような「情緒」としての意味。どちらが良い悪いではなく、楽しんでいる土俵がそもそも違うのでしょう。

🖋️ 短歌的な美しさが通じにくい時代?

かつては当たり前だった「行間を読む」とか「比喩を楽しむ」といった感覚が、少しずつ通じにくくなっているのかもしれません。

何でも直接的で分かりやすい表現が求められる今の時代において、こうした「短歌的なセンス」がどう生き残っていくのか、これからも注視していきたいところです。

ほなまた!