日記のデータが消えてしまったので、新幹線の中で読んだ本の書評を書きます。
踊りつかれて|塩田武士
📖 社会派小説 ⭐ ★★★★★SNS・誹謗中傷 現代社会 炎上 ネット私刑
はじめに
炎上、誹謗中傷、ネット私刑——いまや誰もが当事者になりうる時代に、作家・塩田武士はこの小説を書いた。「踊りつかれて」は、SNSの嵐に翻弄される人々を通じて、現代の「正義」という名の暴力を静かに、しかし鋭く解剖する一冊だ。
第一章で描かれる糾弾ブログの描写は特に圧巻だった。画面の向こうに生きた人間がいる、という当然の事実が、あの「正義の熱量」の前でいかに蒸発していくか。読み始めて早々に、胸を掴まれる。
「既製品の倫理観」が人生を押し潰す
不倫の炎上をめぐる、この一節はあまりにも正確だった。
家庭の問題はその家族ごとに答えを見つけるしかない。だが、既製品のような価値観と倫理観が全てのケースに一つの答えを求め、当事者たちの人生を押し潰していく。
「不倫は悪い」という命題は正しいかもしれない。しかし、その家庭の外側にいる人間が声高に「答え」を叫ぶことは正義なのか。匿名の大衆が振りかざすのは、思考を経ない「既製品の倫理」に過ぎない。塩田武士はその構造を、登場人物の痛みを通じてあぶり出す。
同情という名の侵略
「奥さんがかわいそう」とか「子どもが悲しむよ」とか、私に同情的なコメントもいっぱいありました。それって、まともな意見に見えるかもしれません。でも、人の人生に土足で入ってきてる時点でまともじゃないですよ。私は放っておいてほしかった。とにかく忘れてほしかった。
「同情的なコメント」すら土足だ、という告発は読む者の胸に刺さる。善意のふりをした介入こそ、当事者を最も消耗させる。この描写に出会ったとき、誰もが一度は加害側にいたかもしれないと気づかされる。
「幼い大人」を量産するアーキテクチャ
アシスト機能、思考力の欠如、分かりやすく面白いもの、心地いいもの、お手軽なもの、間に合わせの正義感、自分に親しいものを評価して満たす自己愛。情報化社会が吐き出す種々の毒素が、呆れるほど幼い大人たちを生み出していく。
SNSのアーキテクチャは思考を省略することで機能する。「いいね」と「シェア」だけで参加できる倫理裁判。個人の問題は関係ない。「分かりやすく面白い悪役」さえいれば、暴徒はすぐに集まる。塩田武士はそれを「幼い大人」という言葉で正確に切り取った。
SNSは「多様性」を壊した
SNSの最大の罪は、バラバラにあった多様性の象徴みたいな種々の物差しを、銀行の合併みたいに画一的にしていったことや。広まったように見えて狭まったんや。名もなき奴らが粗く編んだ「正しさ」の網に、首を傾げながら絡まってるんが現代人とちゃうか。
この一節は、SNS論としても卓越している。テクノロジーの進化は「多様な声が届く時代」をもたらしたはずだった。しかし実際には、バズる意見だけが可視化され、無数の「物差し」は均されていった。まさに「広まったように見えて狭まった」——この逆説を、これほど簡潔に言い表した言葉を他に知らない。
「価値観のアップデート」という罠
「人を傷つけない笑い」と親和性の高い「価値観のアップデート」は、ネット私刑を前提としている場合が多い。
耳障りのいい言葉で包まれた「正しさ」ほど危うい。「価値観のアップデート」を旗印にした集団は、しばしば審判者として振る舞い、被告に弁護の余地を与えない。本作はそのメカニズムを鋭く可視化する。
本書が照らし出す四つの問い
| テーマ | 内容 |
|---|---|
| 匿名の暴力 | 名前のない「正義」が、名前のある人間を潰す構造の可視化 |
| 同情という侵略 | 善意のコメントでさえ、当事者の人生への無断侵入になりうる |
| 思考の省略 | 「いいね」で参加できる倫理裁判が、複雑な現実を切り捨てる |
| 多様性の収縮 | 広がったはずのSNSが、むしろ人々の価値観を均していくパラドックス |
総評
「誰かが死なないと気づかないのか」——本書に散りばめられたこの問いは、読み終えた後も頭から離れない。
SNS誹謗中傷の問題を「他人事」として語れる人間など、今の時代にいないはずだ。加害者になっていないか、傍観者として加担していないか。第一章だけでも読む価値があると断言できる。むしろ今の時代を生きるすべての人に、この一冊を手に取ってほしいと思う。
⭐ ★★★★★ 現代を生きるすべての人に届けたい一冊
こんな人に読んでほしい
- SNSの炎上・誹謗中傷に対して「何かがおかしい」と感じている人
- 「正義感」と「暴力」の境界線を考えたことがある人
- 現代社会のアーキテクチャを問い直したい人
- 塩田武士の社会派小説が好きな人
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ほなまた!