昨日は、子供の頃から読んでいた『テニスの王子様』が掲載誌のジャンプスクエアで最終回を迎えたので、さっそく目を通しました。
最後まで超能力バトルのような独自の路線を貫いた作品でしたが、怒涛の展開を経て、物語は3年後のジュニアワールドカップの舞台へ。高校生になった主人公たちの姿は素直に格好よく、長年追ってきたファンとして胸に迫るものがありました。
記念の付録が付いている紙の雑誌は転売や売り切れが相次いでいるようですが、個人的には電子書籍で無事に読めただけでも十分満足です。長年の連載、本当にお疲れ様でした。
昨日は筋トレ以外の時間を、主に読書をして静かに過ごしました。いま読んでいるベストエッセイ集の中に、ある作家さんが「文芸カフェ」での出来事を書いた章があり、深く考えさせられます。
そのカフェでは本好きが集まって意見を交わすのですが、見解に「正解」を求めすぎる参加者が増え、議論がしにくくなったといいます。プロの作家や権威ある人の解釈を「唯一の正解」と思い込み、自分の感じた素直な感想を捨ててしまう人が多いのだそうです。
この「作品に正解を求めてしまう現象」は、本に限らず映画やゲームでもよく見られます。
最近の映画でも「ラストシーンで登場人物は主人公を思い出していたのか?」といった解釈をめぐり、ネット上でネット考察(※作品の背景や結末の意味を論理的に分析・推測すること)が盛んに行われています。
もちろん謎解きとして楽しむのも一つですが、なんでも分析して一つの「正解」に当てはめようとする風潮には、少し違和感を覚えます。
かつて評論家の三宅香帆さんが指摘した「タイパ(タイムパフォーマンス)や報酬を重視し、鑑賞にも確実な見返りを求める傾向」にも通じるものがあるのかもしれません。受験勉強のように単一の答えを求める姿勢が、表現を楽しむ場にまで影響を与えているように感じます。
作品をどう受け取るかは、本来なら読んだ人それぞれの自由なはずです。最初に自分が抱いた感覚や余白を、もっと大切にしてもいいのではないでしょうか。
気づけば8月も5日が過ぎました。
夏休みの宿題というわけではありませんが、この夏は自分でテーマを決めて「自由研究」のような継続的な取り組みをしたいと考えています。
「毎日写真を1枚撮って短い日記を添える」あるいは「1日1人、小説に出てくるような架空の人物像を描いてみる」など、いくつかのアイデアを温めているところです。まだ具体的に動き出せてはいませんが、日々の生活に適度な緊張感と楽しみを作るためにも、近いうちにスタートさせたいと思います。
皆様は、この夏に新しく始めてみたいことや、大切に育てたい「自分なりの視点」はありますか?
ほなまた!